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002
優しさに負けた
小川 瑛子
俺は二十才の西の国の一角獣・ユニコーン「ゼネル」だ。体は輓馬(ばんば)に似ていて逞しい。
毛並みは夕暮れと夜のあわい間の様な青一色で、巨体と釣り合ったたっぷりした顎髭が自慢だ。目は黄緑、額から聳え立つ螺旋状(らせんじょう)の筋の入った40cmばかりの角は、黄色に光っている。口や鼻の辺りはピンクで肉感的だ…と森の動物達は言う。
一方、東の国のユニコーン「アポロン」は十七才で華奢な全身は白い毛並みに覆われ、サラブレッドの様だ。目は青く、勿論額の中央に一本、白く鋭く尖った角がある。
俺達ユニコーンは足が速く、宙を飛ぶように走る。特に俺は喧嘩が強く、象を角で倒したほどだ。
俺がまだ子供の頃、西と東の国の境目に建つ城のミモザ姫と供の者を森で見かけた。姫は七才になったばかりで、金色の巻き毛で頬は桃の様。目は澄んだブルー、小さな鼻は少し上を向き愛らしかった。一目で俺は姫を好きになった。大木の陰から見ていると、姫は野の花を摘むのに夢中だったが、そのうち疲れて木に身を寄せお伴共々眠ってしまった。俺の胸は高鳴り、ソーッと近付き、脚を折りたたむ様にして座り寄り添った。甘く、清々しい香りがして、俺は夢み心地だった。
その姫の十七才のお祝いに動物達も参加せよと、お触れが回ってきた。やがてこの国の女王となる姫のお伴を募るそうだ。
姫は髪を一つにまとめ、肩を少し出したエメラルドグリーンのドレスを着て、胸もふっくらと乙女の初々しさが溢れていた。
広間に集まった一同がおじぎをすると、姫は微笑みの中に威厳を感じさせて、一礼を返した。
『あの可愛いくて、幼なかった姫が』と思うと、俺は誰よりも先に祝いの言葉を述べたかった。
「姫、おめでとうございます。私はこの世で一番強く一番速く走れる西の国のユニコーンゼネルです。姫のお側に置いて下されば、あらゆる危険から守ってお見せします」
最前列にいる俺の大声に姫は笑顔で頷いた。
すると「僕はアポロンと申す東の国のユニコーンです。花のお好きな姫のお伴にして下されば、しぼ萎むことのない花の咲く所へご案内できます。紫の雲の湧く丘、銀色の鳥が飛ぶ島へもお連れします」
と、静かな声が後方から聞こえた。
姫は側に来るようにとアポロンを差し招いた。カッカッと蹄を鳴らしてアポロンが姫に近づこうとした時、俺は夢中でその間に割って入った。
「姫、ユニコーンの男は強くなくては生きていけません。アポロンは俺の鼻息一つで倒れます。私をお側に置いてください」
と、俺は必死だった。
「ゼネル、ありがとう。お前の気持ちは嬉しいけれど……でもね。ユニコーンの男も優しくなければ、生きていく意味がないのよ」
ミモザ姫は申し訳なさそうに言って、俺の鬣(たてがみ)を撫でた。
この世で最も誇り高いのもユニコーンだ。俺は初めての敗北も動じない風に、角を高々とかかげ、群衆の間に出来た道を森へと去って行った。
涙が一粒、落ちた。
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