015
さんぱつ、ばんざい!
小川 瑛子
僕は一才の黒猫「サスケ」金色の目とすらりとした尻尾、長い脚が自慢だ。敏捷(びんしょう)で高い所に登るのが好き。東通り商店街の側(そば)の古い一軒家に住んでいる。飼主は立花健(たちばなけん)さん。旭工務店の設計技師で腕は良いのだが、ボサボサ髪で身なりをかまわない。口下手の四一才の独身者だ。
もう一匹、二才の白い毛の猫「バーバラ」がいる。顔や体はもあっとした長毛でおおわれていて、大きな深い緑の目でじっと見る。脚は短く動作はゆったりしている。健さん以外にはなつかなく低い鼻の顔を健さんにすりよせて「ミャーオ」と甘え鳴く。二匹とも捨猫だったのを健さんが家族にしてくれたのだ。
殺風景な家で玄関にかかっている「大国主命(おおくにぬしのみこと)」の絵馬だけが色どりだ。「招福良縁(しょうふくりょうえん)」と達筆で書いてある。大国主命は両耳の側に髪を「美豆良(みずら)※2※」に結い、赤い紐で結んでいる。たっぷりした白い「衣(きぬ)はかま※1※」を着て、腰に鮮やかな細い帯をしめ立派な太刀※4※も差している。膝でくくった「脚結(あゆい)※3※」も赤だ。
(神さん、頼んます。健さんに早よう嫁さんを)僕は前を通るたびに頼んでいる。
春も浅いある日の朝六時、僕は健さんのふとんの中から這い出し、クゥーと大あくびを一つ。背中を丸め前足を滑り台の様にして伸びをし「ニャーオ」と健さんの耳元で鳴いた。
「サスケ、早いなあ。ごはんか」
健さんは髪をかきむしりながら起きた。
キャットフードの定食を食べ終わる頃、バーバラはやっと起き出す。
「行ってきます」と健さんは仕事に出かけた。
僕は満ち足りた気分で両脚、腹を舌で毛づくろいをしていると
―オーイ、サスケ、こっちへまいれ―
と、突然玄関の方から力強い男の声がした。
(誰や)と顔を出すと、絵馬がガタガタ振れている。びっくりした僕は耳を後方に伏せ、髭をピンと張り、毛を逆立てながら体を斜めにかまえて、交戦の姿勢をとった。
―わしじゃ、大国主命じゃ。驚くでない。かついでいる袋重いので降ろしたいし、この絵馬から一度抜け出したいので、ひとつお前に相談が―と口髭を撫でた。
―お前の体にわしを滑り込ませたらどうじゃろう。わしの縁結びの力がお前に乗り移り、お前は神になれる。わしもお前と自由に動ける寸法じゃ―と、とんでもない事を言った。
(フーン、そんな事出来るのか……縁結びか)
サスケは健さんを思い、お相手は? と首をかしげた。
―早く引き受けてくれ―と、命(みこと)はせかした。
僕は一日考えさせてほしいと言った。
十一時、僕は家を抜け出し商店街に駆け込んだ。床屋「えびすや」の三八才のむつ子さんに挨拶だ。
「おはよう、サスケ。あんたは細身で脚も長いしええなあ。ほれ」
と、むつ子さんはいつもの様に、皿に鰹の削り節をのせたおじやを出した。僕の好物だ。
ンガンガ食べる僕に
「私のこのお腹見て。布袋さんみたいやろ。あーあ、健さんの事好きなんやけど、これじゃ見込みないねぇー。あんたに言うてもしゃあないけど」
と、白い仕事着の腹部をポンと叩いた。
(へぇーむつ子さん、健さんに恋してたんか、むつ子さん優しくて、僕大好きや。大きな目は魅力的やしな。しめた、健さんの嫁さんここにいる。これは縁結びせなあかん)
と、むつ子さんを見上げると、ちまっと太い指で頭を撫でてくれた。
帰ると、バーバラはもつれた毛を一心不乱に手入れしていた。(うまいこといけへん)バ―バラはイライラしている。
気分転換にと僕はしぶるバーバラを外へ連れ出した。
と、見慣れない真白な雲の塊の様な猫が木陰にいるのに気付いた。目は青緑色だ。
(はじめまして、ジェームスといいます。商店街に最近開店したペルル動物美容室の息子)
と、駆け寄って来た。
(宜しく)互いに挨拶して(姉です)とバーバラを振り返った。が、バーバラはさっと僕の後ろに身を隠し、もじもじしている。ジェームスをチラリと見て目を伏せた。
(姉ちゃん、どうしたん、一目惚れかな……)
と、僕は思った。
帰り道、だまりこくっていたバーバラが
(ジェームスさん素適。けどあちらはきれいな毛並みでつやつやしてるのに、私のは絡まって団子になって汚れてる。こんな私じゃきらわれるよね)
と、涙声でいった。
(よし決まった。もう一組の縁結びもするぞ)
僕は武者ぶるいをした。
あくる朝、僕は大国主命の前で
(合体、お引き受けします)と答えると
―そうか、わかった。ただし変身したお前の姿を見れて話せるのは健だけだ。あとの者には今迄通りのお前しか見えん―
と、命は厳かに言った。
どこからか、ピーヒァララと笛の音が鳴る中、僕の体中に詰め物をされた様な感じがあり、むくむくとふくらんだかと思うと、次の瞬間二本足で立っていた。
風呂場の鏡にうつしてみると……顔と手足は猫のままだが、耳に赤い紐が美豆良(みずら)の様に巻かれ、白いダブダブの衣装を着て刀までさしている。あっけにとられた僕に
―善は急げじゃ。健に話して縁結び工作を始めよ―
と、命(みこと)の声がどこからか聞こえた。絵馬を見ると命の姿だけすっぽりぬけていた。
帰宅した健さんは二本足で立つ僕の姿にひっくり返るほど驚いた。
(お帰り、健さん)僕が言うと、健さんは顔をひきつらせ
「サ、サ、サスケ。お前、今、人間の言葉しゃべったな」
と、腰を抜かした。
(まあ、そうびっくりせんと。健さん、来て来て、この絵馬を見てほしい)
僕はよろめく健さんを玄関に連れて行った。
「うわっ、命の姿がない」
絵馬の命は輪郭だけを残し、内側が白く浮き上がっていた。
健さんは口を半開きにして頭を振った。
―何が起こっているんや―
(世の中には、たまにこういう事も起こるのです)
僕は威厳をもって事の次第を話した。
翌、日曜の早朝、健さんを連れてえびすやに行った。
「まあ健さんいらっしゃいませ。お早いこと」
むつ子さんは頬を染めはじらって言った。
僕は健さんのお尻を押した。
「散髪を……」と健さんはぎこちなく頼み、シャンプーカットが始まった。
「これでいかがですか」
と聞くむつ子さんに「これ俺? 結構です」と短髪に満足気。
(さあ、ここからが肝心)
僕が健さんの背中を押すと
「あのー、うちのバーバラの長い毛ぐちゃぐちゃになっているんできれいにしてやりたいんです。俺以外には寄りつかないので猫のカットブラッシングの仕方教えてもらえませんか」
口下手な健さんが汗を拭き拭き言った。
「えーっ」と、むつ子さん。が、健さんの頼みには弱い。顔を赤らめて頷いた。
そんなむつ子さんを、健さんはまじまじと見つめている。
翌日、床屋の仕事終了後、僕と健さんは百円ショップの安い手箒を三本持って家をでた。
健さんはいつになく浮き浮きと
「サスケ、早う来い。ブカブカの着物に二本足で歩きにくそうやな」
と、えびすやのドアを開けた。
むつ子さんは薄化粧をして、ピンクの仕事着で、にこっと出迎えた。
「ハイ、これがカット用のハサミ。軽く握って」と、むつ子さんは健さんの手に指を添えた。健さんはビクッとしたが「これでいい?」と、むつ子さんのくりくりした目を見返した。
むつ子さん、慌てて目を伏せ
「じゃ箒を切って見ましょう」
と、上ずった声で答えた。
「切りすぎ切りすぎ、ここはなだらかに」
「こうですか」
「そうそう、ハサミの先をもっと開いて、すっと一気に切って」
むつ子さんはスタッカート調で答える。
それから三日間、講習が続き、僕も毎日付き合った。
次の日曜日、健さんにカットブラッシングしてもらい、美しくなったバーバラを見て、ジェームスは目を輝かせた。
同じ頃
「水族館のチケットをもらいました。行きませんか」と、健さんがむつ子さんを訪ねた。
「きゃー嬉しい。私、行きたいと思ってましてん」と、デートの約束も出来た様だ。
(大国主命さん、ありがとうございました。二組の縁結びの大役果たせたみたいです。もうこのへんで元の僕に戻して下さい。何や肩や脚がこって)僕が言うと
―そうじゃな―と命の声がして、ピーヒャララと笛の音がした。とたんに突風が吹いたかと思うとスーッと体が縮まり、もとの僕に戻っていた。
―わしも動き回れて楽しかったぞ―絵馬に戻った大国主命がにやっと笑い目くばせをした。
【本文注釈】
※1※ 衣はかま(きぬはかま)……古墳時代の男性の服装。女性男性のものと同等。袴(はかま)はそのまま下衣のこと。ズボン状。
※2※ 美豆良(みずら)……古墳時代男性特有の結髪。主に身分の低い人の髪型。身分の高い人は「下げみずら」という形。
※3※ 脚結(あゆい)……袴の中間あたりを縛る紐。飾りという説もあれば旅の時に袴をまとめる為に付けていたと言う説もある。
※4※ 太刀(たち)……そのまんま。身分の低い人の場合は純粋に武装の為のもの。
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小川 瑛子 1941年生まれ 公募やその他入選歴など 『随筆春秋』の第15回随筆春秋賞に入賞。 書き続ける理由 エッセー、フィクションと様々なジャンルの課題に挑戦するのは苦しいが、完成すると充実感があり、楽しい。 趣味 シャンソン。 大切にしている言葉 『有言不実行』を戒めとしている。 |
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